心に灯るあかり *あとりえ 悠*

*あとりえ 悠*は妻・一ノ関悠子の小さなステンドグラス工房。妻のつくった作品を写真と文章で紹介します。ステンドグラスのよさが伝えられたら幸いです。

No.163 上村松篁の「月夜」にこがれて

 

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※右は日本画家上村松篁の作品『月夜』(昭和14年)。

 左は彫りをわずかに残した妻の作品。制作途中。

 

上村松篁「月夜」に焦がれ、

硝子の世界で近づきたかったのか、

妻はこの作品に挑戦していた。

完成にはもう少しだった。

終盤の絵付け中の窯の中で、

作品が割れた。

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 真っ二つだった。

 

10年ほど前になるが、

妻は上村松篁の大きな画集を買って来た。

その本で

上村松篁のすばらしさを画集を広げながら言った。

この「月夜」のなんと素晴らしいことか・・・

そのすばらしさを語った。

 

 

私が嘱託になり時間に少し余裕ができ、

どっか行こうかなと言ったら、

妻の答えは“松柏美術館”。

上村松園、上村松篁、息子 上村淳之の絵が

展示されている奈良の美術館。

「月夜」所蔵の美術館。

 

訪れたら「月夜」は地方の美術館に送られて、

見ることはできなかった。

妻には気の毒だったが、

それでも行って良かった。

二人で、松園、松篁、淳之の絵を堪能した。

 

妻は長い間訪ねたいと思っていた

松柏美術館の展示作品に興奮していた。

素人の私は絵の前に立ち、

気の向くままにジーと見るだけ。

よそから見たら、

おじさんがボーとしてるだけに思われただろう。

ところが展示されている絵の中の生き物たちの中に

息づかいが感じられ、

やがて私は緊迫した空気を感じた。

これはすごいと思った。

緊張感を覚えた絵は

何故かいずれも作者が上村松篁だった。

不思議だった。

こんなふうに絵と出会えた事は

今まで私にはなかった。

 

なるほど、妻が焦がれるのも分かる気がした。

上村松篁本人が筆をとって描いた絵を目の前に

心の底から、これはすごいと感激した。

 

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※絵付け講習に通っていたときに師から教わりながらの試作品。

 

割れた日の朝、

妻は、“割れたの”と私に言った。

あんなに大切に、

思いを込めて作っていたのに 。

大変な事が起こったと思った。

 

が、妻は淡々としていた。

硝子だからね。

自分を納得させていた。

その硝子に妻は、サンドブラストと絵付けを施して

「月夜」を求めた。

もともとサンドブラストも絵付けも「月夜」のために

その技術を磨いてきたのではないか。

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※割れた後も作業は予定通り。キビを黄色に絵付け。

 

淡々さの中に、求める技術を確かめた少しの満足感が

あるようにも思えた。

そして、もしかしたら、

真っ二つに割れた今求めているのは

上村松篁「月夜」そのものでなく

上村松篁のような

「月夜」ような

自分の硝子の作品なのかも知れないと思った。

 

そんな作品がいつか生まれたら・・・

私も新たな気分になっていた。

 

(2016.7.24 記)