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心に灯るあかり *あとりえ 悠*

*あとりえ 悠*は妻の小さなステンドグラス工房。妻のつくった作品を写真と文章で紹介します。ステンドグラスのよさが伝えられたら幸いです。

No.118 『檜山路(ひやまじ)』考

制作過程 注文制作 その他 檜山路

 

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(制作途中の『檜山路の灯り』)

 

『檜山路』・・・

良い作品名をいただいたなあ。

しみじみ思う。

 

屋号檜山路のご依頼主の奥さまが、

こんな歌集が・・・と

中西悟堂著『檜山路』を提示してくださって

妻のステンドグラスの作品名は決定的になった。

 

                                                                            

ところで、情報が巷に氾濫するようになって思うのだが、

人はたくさんの言葉を発してはいるが、

案外発してない言葉にその人の心の素顔があると思うことがある。

歌人悟堂がそうだとは思えないが、

世の中を見ているとつい発していない言葉を考えてしまう。

 

中西悟堂日本野鳥の会の創始者として有名な歌人

その悟堂はなぜご依頼主様の住まわれる地名の『檜山路』を

歌集の題名にしたのだろうか。

私は歌集『檜山路』のあとがきまで読んでも得心がいかない。

むしろ、なぜ?

その思いがいっそう深い。

 

歌集『檜山路』には、

東北から信州までの各地で詠んだ七百首が掲載されている。

木曽駒ヶ岳」は五十七首。他にも三十首、四十首の土地がズラリ。

その中で「檜山路峠」で詠んだのはたった六首。

あえて、六首の場所をなぜ歌集の題名に・・・

 

悟堂は歌集『檜山路』の後記でふれている。

「多摩の郡村を脚力にまかせて丘や峠の野鳥を見にゆく・・・

 武蔵野での諸山地の歌は私の日常吟としての歌で、

本集の題名『檜山路』はそうした峠の一つの名である。」

 

日常を読んだ歌の題名として

『檜山路』そのものに「特別な意味はない」ということなのか。

 

ものに固有名詞を充てるのは、

ものと固有名詞の関係に意味があるからであろう。

『檜山路』は悟堂にとっての意味があるから、

歌集の題名になったと考えるのが自然だろう。

 

本来なら歌人悟堂に敬意をはらって

『檜山路峠』の六首から読み解きたい所だが、私にその力はない。

(悟堂研究者にうかがいたいものだ・・・)

しかし、妻が一生懸命に取り組むステンドの作品名としては・・・

どうにも納得できない。

 

あっ、作品をつくる妻はもう完全に納得しているけどね!

 

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(早春の檜山路)

 

納得できず、私は、悟堂の半生記『かみなりさま』を読んだ。

題が『かみなりさま』とは歌人らしくないと思ったが、

読むとやっぱり歌人の半生ではなかった。

生々しい豪傑である。

 

その悟堂には、終戦直後の世の中と人々の心の混乱と荒廃の中で、

氏自身にそういった時代の反映した文章が散見される。

いささか僧籍にある者とは思えない表現にも思える。

 

ところが、その一方、同時代に悟堂はこんな歌を詠む。

檜山路峠での歌である。

  

  檜(ひ)の山に 鵤(いかる)の声の

     徹(とほ)りおる 檜山路峠の 雲わが越ゆ

 

  山窪の 梅咲く村を めぐり立つ

     檜むらにいかる 囀り(さえずり)やまず

 

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(妻が彫ったイカル)

 

何やら自然の中で生気脈打つ人間の息遣いさえ聞こえる。

一人の人間の同時代の表現としての落差に驚く。

 

そして『かみなりさま』文中、

『檜山路』に関わる箇所でこう述べる。

「いかにも暖かそうな、

 褐色にぬくぬくと霞んで見える雑木林に入って行き、

 大久野村の檜山路峠を越えて

 梅の里吉野の吉川英治氏を訪れるなど

 盛んに山歩きをした。」 

そして、

「やりどころのないもやもやを自然の中にちぎり捨てるように、

 またこの山歩きは『中西悟堂』探し」

だと言う。

 

ところで歌集の中に記載されて詠んだ地名は『檜山路』ではなく

実は『檜山路峠』とされている。

『峠』とは、ものや局面が変わる地点である。

 

かつて雪降る夜道を妻を乗せて車で走っていたら、

降っていた雪が突然止んで驚いたことがあった。

その時、妻に、「峠を越えたからね。」

とよく知っているその土地のことを話した。

自然にふれていると

峠の手前とその先の違いを感じることはあるものだ。

峠での自分の経験を振り返って欲しい。

そんな経験はなかっただろうか。

疲れ切って登った山道の峠で突然前方に広がる絶景に

息をのんだ経験はないだろうか。

 

峠こそ、

私は中西悟堂の自分探しのための山歩きのキーワードと思った。

自分を取り戻すために必要な峠だった・・・

 

そして悟堂がこの時期に

五日市から水原秋桜子吉川英治を健脚にまかせて

度々訪ねる時に通るのがこの『檜山路峠』。

悟堂は悟堂探しを他ならぬこの『檜山路峠』で最も強く意識し、

そして、自分を見つけていく瞬間を

心の奥深く刻んだ場所だったのではないだろうか。

だから、この時期に詠んだ歌集に冠するのが『檜山路』だったと

私は思う。

 

いかん、どうも想像が過ぎたかも知れない。

 

 

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(妻が彫った檜山路のお宅のモリアオガエル


『檜山路』は私たちの日常の象徴かあ。

それもいいかもね。

いずれにしても、

いっそう300年檜山路に佇むお宅にふさわしい作品名に思えてきた。

 

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(裏山&柿の木)

 

『檜山路』はご依頼主様家所有の山林を通る今もある山道。

昔から村の人々に『檜山路』との屋号で呼ばれたご依頼主様家。

檜山路として長い歴史を歩んできたお宅に置かれる

ステンドグラスの灯り『檜山路』

そこに生きる人々や自然とともに

末永く皆と幸せに生きていくことを願わずにいられない。

(2015.5.3 記)