檜山路のご夫妻が
保健所からレスキューした保護団体より譲り受けたかんべえは
やがて散歩の良き友となった。
可愛がってくれたご主人様のお誕生日の日、
かんべえは亡くなった。
また、妻がかんべえの面を制作していた日だった。
檜山路のご主人様の翌朝のメールの書き出しは、
言葉少ない朝の散歩・・・
その後にかんべえの悲しい知らせが続いた。
妻も衝撃を受けたが、
檜山路のご主人様の“今度生まれるときは人間”の言葉に
救われたようだった。
「檜山路の灯り」のかんべえは
四肢を踏ん張り、凛として、
ご夫妻と過ごした「檜山路」と呼ばれる家宅を
これからも守り続ける・・・
私の眼にはそんな姿に焼き付いた。
実は、「檜山路の灯り」を見ると、
なぜか私はフォーレのレクイエムを聴きたくなる。
仕事に忙しい時だったが、どうしても歌いたくて、
市の記念合同演奏会に参加させて頂いて歌ったことのある、
私の大好きな曲だ。
♪彼らに安息を♬
♬私を解き放ってください♫
静かに静かに繰り返される。
この曲はレクイエムにあるべき「死の恐怖」が
描かれてないと作られた当時非難されたらしい。
確かに全編静かで、時に優しさは切なくさえある。
静かであるが、内面に迫る。
静かであるから、より迫るように思う。
かんべえの姿、命を慈しまれるご夫妻の想い、
愛しんだ命がフォーレの音楽とともにひろがる。
♪彼らに安息を♬
♪彼らに安息を♬
♬私を解き放ってください♫
♬私を解き放ってください♫
繰り返し、静かに静かに響いてくる。
(2015.7.8 記)
《追記》
このブログアップの為に檜山路のご主人様に連絡を取った際、
かんべえについてふれられた部分がありました。
ご夫妻のかんべえへの想いに、読んだ私も妻も
思わず心熱くなりました。
転載のお願いをいたしました。
以下その文章です。
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7月24日が、早いもので四十九日です。
現在、
でも、
記憶が薄れ、
檜山路の灯リの中の姿と一緒に、我が家で生き、
終の棲家であった証を残してやりたいのです。
かんベえからたくさんの喜びをもらった私たち夫婦が、
(2015.7.8 記)