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心に灯るあかり *あとりえ 悠*

*あとりえ 悠*は妻の小さなステンドグラス工房。妻のつくった作品を写真と文章で紹介します。ステンドグラスのよさが伝えられたら幸いです。

No.156 ブログ4周年「星空のドームランプ~義兄を偲んで」

四季 作品展

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(2008年制作 「星空のドームランプ~義兄を偲んで」)

 

今年も5月の連休がきた。

ブログを始めたのがこの連休だった。

息子に手伝ってもらって何とか立ち上げた。

もう4年がたった。

その間息子に二人目が生まれ、すでに3歳。

新しいことはどんどん起きて、月日は流れる。

妻も元気にステンドをつくり続けている。

幸いに見てくれる人もお客様も増え、忙しくしている。

 

出来事は目の前に次から次へと現れ流れていく。

しかし遠い過去の出来事は静かに湧いてくる。

湧いてくると、脳裏にとどまり消えようとしない。

亡き兄のことが思い出される。

 

ブログ第1回目に載せたのは兄を偲んで作った妻のこの作品だった。

(第1回目のブログです。ご笑覧ください。http://bit.ly/1T01Agq )

(このときのブログ作成のてんやわんやを伝える息子のブログです。   http://bit.ly/1VKUOie )

 

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(2009年 第一回個展より)

 

   「兄へ」

四方は見渡す限りの水田。

私の村は小学生十数人の小さな村だった。

高校生だった私の兄は、私たちみんなを山の分校に連れて行き、

「山の子どもたちとも一緒にあそべばえったぁ(遊ぶといいよ)。」と

小さな分校に泊まらせた。

照れながら、私たちは分校の子どもたちと川で遊んだ。

山奥の川の水のあまりの冷たさに驚き、

みんな、悲鳴をあげた。

悲鳴をあげながら、分校の子どもたちとうちとけていった。

遠い昔の夏の一コマがどうしてこんなに鮮烈によみがえるのだろうか。

思い出すといつも兄の顔も一緒だ。

いつも笑顔だ。

 

「村には文化がねえもんなあ。人の暮らすぃには必要だべぇ。」が兄の口癖だった。

村のどこにでもあるような我が家の作業小屋が特設舞台会場となった。

舞台の上に掲げられた横断幕は『村の文化祭』だった。

村中の大人、子ども、お年寄りが押し寄せてきて、

作業小屋は冬なのに熱気で暑苦しくなった。

兄の友達が何人か応援にかけつけ、兄を支えてくれたようだ。

兄も好きな落語を一席。

兄の紅潮した顔とうわずった声を思い出すと、

私は息苦しさと共に胸があつくなる。

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(2015年 市民文化祭)※兄の唱えたあの“文化祭”

 

兄は田舎の農家における長男の宿命を背負いながら、

村を変えようと必死に生きた。

私は小さい頃から兄が大好きでいつも同じようにしたかった。

その兄の生き方が少しでも学べただろうか。

何か少しでもできただろうか。

私はとても自信がない。

 

兄には世話になるばかりだった。

妻との結婚の時は、

兄は夜行で上京し、妻の父親に挨拶してくれた。

兄に会って、むずかしい顔の義父の表情がゆるんだ。

そして、兄は来たその日の夜行で秋田に帰った。

 

結婚してからは、毎年妻と、

子どもが生まれてからは家族みんなで田舎に帰った。

「よぐ来たなあ。えがった、えがった。」と

いつも嬉しそうに迎えてくれる兄だった。

妻も子どもも、田舎と兄が大好きだった。

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(2013年 第二回個展)

その兄が2008年に亡くなった。

葬儀を終えてまもなく妻がこの作品を作った。

私にもとても嬉しい作品だった。

ひとり静かにこの作品を見ていると、

兄にひと言つぶやきたくなる。

「夏の星空だば 綺麗だもんなあ。いっぺぇー、見てけれぇ。」

(2016.5.5 記)